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第3回 卒業生インタビュー 「関 一馬さん」 北里大学病院 看護師

何らかの病気やケガなどで、病院に通院する、もしくは入院する、という経験はこの記事を読んでいる方のほとんどがされていることでしょう。その時にドクター(医者)の補助として、いっしょに治療にあたってくれるナース(看護師)の存在はご存知かと思います。栄進ゼミの卒業生の中にも多くのナースやナースの卵がおりましたが、世間一般のイメージと同じく、女性ばかりです。しかし、今回紹介する、関一馬さんはなんと男性であり、しかも高校時代は和太鼓部に所属してパワフルな演奏をしていた、男くささ満点という感じの方です。そんな方がなぜ、女性がほとんどと言われる看護師になったのか、そしてそこに行き着くまでの波乱万丈の経験を今回は大いに語っていただきました。
今回も楽しみですね。

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― 関さんは女性がほとんどという看護師という職業で活躍されているのですが、まずはそこに至るまでの経緯を教えて下さい。

元々、栄進に小学生の頃から通っており、その中で先生たちと勉強以外にも様々な話をしたり、時にはいっしょに遊びに行ったりするなど、結局、栄進予備校でのチューター時代も含めて、10年以上栄進の先生方にお世話になりました。その間一貫して尾坂先生をはじめとして、長いスパンで私の勉強や進路の事などを面倒見て下さりました。
実際、看護師という職業を目指すにあたっては、紆余曲折があり、結局大学受験を浪人する中で芽生えた、という感じです。

― つまり看護師になろう、と思ったのは大学受験の時だった、ということですね。紆余曲折があったということですが、具体的にはどんなことがあったのですか。

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中学校では部活はやっていなかったのですが、高校で出会った和太鼓に魅了され、高3の時には全国大会まで出場しました。しかしあまりに和太鼓に熱中しすぎて、その後の受験勉強では、自分の将来像を描くところから始めなくてはいけなくて、結局現役で大学進学するに至りませんでした。でも、ここで現役にこだわって、なんとなく大学にいかなくて本当によかったです。実際、浪人時代は孤独感と先の見えない膨大な勉強量を毎日こなす、ということで苦しい時期ではありましたが、この時にじっくりと自分のことを考えることが出来たのは大きかったと思います。実際、私はこの時期に医療の道で、しかも人と接する機会が多いほうが自分に合っている、と考え、最初におぼろげに考えていた将来像から、看護師への道がはっきりと見えてきました。そのことは今でも本当によい判断をすることが出来たな、と思います。もちろんそういった部分のケアを栄進の先生にしていただいた、という部分も大きかったです。

― だからこそ大学時代は、その経験を生かし、栄進予備校のチューターとして、予備校に通う生徒さんのよきアドバイザーとなっていた訳ですね。

そうですね。受験勉強を通していろいろな経験や考えをもったのですが、結局受験勉強は、やれば出来るようになるし、やらなければ出来るようにならない、という単純なものでありました。それよりも自分自身に向き合う、ということが本当に出来るようになることが大切なのだろな、と思っており、それを栄進予備校の生徒さん達にも伝えていきました。

― なるほど。様々な経験をしてきた関さんだからこそ、その言葉にも重みがありますね。さて、現在は看護師として活躍されているわけですが、少しお仕事のお話をお聞きしてもよろしいでしょうか。

一般的には、看護師=女性の仕事というイメージがありますが、実際現場で働いていると、皆さんが思っている以上に、男性看護師が増えてきている、というのが実感としてあります。そして仕事をしていて、男性看護師だから、とか女性看護師だから、とかいった性別による差はほとんど感じません。あくまで一個人として接していただいている、というのが実感です。もちろん女性患者の着替えなどは、男性である私がすべき仕事ではありませんが、逆に力仕事など、女性看護師ではなかなか出来ない仕事は私がすすんですべきことだと思っており、その点はワークシェアをしております。あと私の仕事は患者さんの看護はもちろんなのですが、患者さんの家族など周りの方々へのフォローも大きな仕事の一つと言えます。人の命を預かる仕事ですから、やはり厳しい部分も多いですが、毎日がやりがいのある、充実した日々を過ごさせていただいてます。


― それでは最後にこの記事を読んで下さっている方々にメッセージをお願いします。

こういう仕事をやっていると、やはり五体満足で健康でいられる、ということがどんなに幸せなことか、ということを強く感じます。だからこそ悔いのない人生を過ごしてもらいたい、と思っています。私は人から見ると人生を遠回りをしていると思われたのかもしれませんが、あの浪人時代があったからこそ、今がある、と思っています。どうしても浪人というと悪いイメージしかないのですが、私にとっては本当に貴重な時間を過ごさせてもらった、と思っています。何も考えずに何となく生きてしまう、というのは、せっかくもらった五体満足の体を無駄にしている、としか思えません。ぜひ、自分の可能性を信じ、いろんなことにチャレンジして、そして自分の生きがいを探してみて下さい。栄進ゼミは、そんな君たちの手助けをしてくれる場ですよ。


インタビュー後記

現在、看護師として活躍している関さんですが、受験生時代はずっと自習スペースで勉強していました。今でもその姿はよく覚えています。何かをやり遂げようとする時には、何かを犠牲にしなければいけない、でもそれ以上の喜びと自信を与えてくれる、ということを彼の今の姿から、いまさらながらに感じることが出来ました。この先も関さんらしく、明るく頑張ってほしいところです。
関さん、本当にありがとうございました。

さて、次回は小学校教諭として活躍されている藤吉梨佳さんにインタビューを試みる予定です。教わる立場から、教える立場になった藤吉さん、果たして今どんな気持ちで教壇に立っておられるのでしょうか。

乞うご期待!

第2回 卒業生インタビュー 「根子 愛理紗さん」 輸入車ディーラー 販売員

「商品を売る」ことを一般的に「商売」といいますが、実際に私達が物を買う時は、商品のみならず、その商品を販売している店や販売員も含めて、購入すべきかどうかを決定しています。例えば同じ商品を、無愛想な店員のいるA店と、店員が親切なB店があったとしたら、たぶんB店で商品を購入しようとする人がほとんどではないでしょうか。もしかしたら、B店のほうが高値で売っていたとしても、B店を選ぶ人も少なからずいるかもしれません。

第二回の卒業生インタビューは、そんな「商品を売る」仕事をされている、鶴が台校出身の根子愛理紗(ねごありさ)さんにインタビューをお願いしました。根子さんが普段売っている商品は、何と高級輸入車! 数ある商品の中でも、非常に高額な商品を販売するに当たっては様々な苦労があることでしょう。そしてここに至るまで栄進ゼミを通してどんな経験をされてきたのでしょうか。

今回も楽しい話が聞けそうですね。

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― 根子さんは小学生から高校卒業まで栄進ゼミに所属していたようですが、実際はいつから栄進ゼミに通い始めましたか。

私は鶴が台校に小学校6年生から通い始めました。周りの人に、中学校へ入ってから勉強が難しくなると聞いていたので、早い段階で塾に通おうと思っていました。

― 実際、栄進ゼミに通ってみて、どんな印象を受けましたか。

岡崎先生の授業が非常に印象に残っています。時には大きな声も出し、厳しさもありましたが、叱咤激励を絶え間なくしてくれたので、精神的につらい時期も乗り越えることができました。

― やはり中学生時代でつらい時期と言えば高校入試の時期だと思いますが、根子さんはどんな感じでこの時期を過ごしましたか。

私は茅ヶ崎北陵高を受験したのですが、受験直前の模試(栄進ゼミでは中3の受験期には2週間に1回のペースで模試を行います。)でなかなか結果が残せず、本当に志望校に行けるのか、プレッシャーを感じていました。また、内申点もあまり高くはなかったので、周りの友達から遅れをとっているのではないかという不安も感じていました。そのような状況ではありましたが、岡崎先生をはじめ、栄進の先生のサポートもあり、無事合格することが出来、その時には嬉し涙が出ました。とにかく栄進ゼミの先生はみんな面白く、いろいろなアドバイスをしてくれます。何かあったら相談するといいと思います。

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― その後、高校に入学後も栄進ゼミの兄貴分にあたる栄進予備校で勉強を続けながら高校生活を送られた訳ですが、どんな感じでしたか。

中学から続けてきた陸上を高校でも続けていきながら、受験勉強もするという形になり、とても忙しい毎日を送っていました。しかし、中学・高校を通してできた仲間や、厳しい練習を乗り越えた経験は、社会人になった今でも誇りですね。ぜひ今の生徒さん達にも私と同じような経験をすることをお奨めします。

― 根子さんは、大学卒業後、現在のお仕事に就かれた訳ですが、現在はどのように毎日を過ごされていますか。

とにかく毎日、責任の重さを感じています。学生時代は自分本位の行動が中心でしたが、今は会社の看板を背負っているということで、周りの目から見て自分がどうなのか、ということをまず考えなければなりません。私は車を売ることを仕事としていますので、お客様と直接接する機会が非常に多いです。そのため、とにかく第一印象が勝負になりますから、身だしなみはもちろんのこと、視線や話し方を一人ひとりのお客様に合わせていかなければいけません。お客様の家族構成や自宅はもちろんのこと、趣味を把握したり、誕生日にはプレゼントを贈ったりなど、ただ車を売る、という以上の関係を築きあげていくことが大切です。私の職場スタッフは9割方男性ですが、その中で女性らしさを出して会社に貢献出来れば、と思います。

― 最後になりますが、今栄進ゼミに通っている生徒さん達に、先輩からのアドバイスをお願いします。

まずは色々なことに挑戦してください。嫌いな教科の勉強や、自分には意味のないことだと思うことも、必ずどこかで役に立つはずなので、ぜひ頑張ってください。
そして、たくさん本を読んで、漢字の勉強をしっかりしておいて下さい。実は私自身、社会人になった今でも読めない漢字があり、困ることがあり、大変な目に遭いましたので、漢字の勉強は絶対やっておいたほうがいいです(笑)。
あとは、自分はこれだけは人に負けない!という何かを見つけてください。ちなみに私は中学生のとき、英語は誰にも負けたくないと思っていました。ぜひ栄進ゼミで頑張って下さい!!


インタビュー後記

現在、忙しい毎日を送っていらっしゃる根子さんですが、とても充実しているそうです。インタビューをしていてもそのオーラがはっきりと感じ取ることができました。ただ、やはり栄進ゼミで過ごした毎日を時々思い出しては、あの頃にまた戻ってみたい、と思うこともあるようです。
栄進ゼミは卒業生が遊びにくることも多く、成長した姿を見せてくれるのが講師陣にとって一つの楽しみになっています。是非栄進を卒業しても、時間がある時には根子さんのように昔を懐かしみに顔を出しに来て下さいね。

さて次回は根子さんとは逆に、9割以上が女性を占める職業である看護師になった男性、関一馬さんのインタビュー記事となります。自分の夢を叶えるために、壮絶な学生時代を送った、関さんからどんなお話を聞くことが出来るのでしょうか。

次回も乞うご期待!

第1回 卒業生インタビュー 「近岡 結さん」 介護老人保健施設 作業療法士

地域の学習塾として創立30年以上の伝統を持つ栄進ゼミですが、これまでたくさんの卒業生を輩出し、そして彼らは現在、社会のあらゆる分野で活躍しております。そういった先輩達が歩んできた道と現在の状況をインタビュー形式で紹介することで、生徒さんや保護者の方々に対して、これからを考える上でヒントになれば、と思い、今回の企画が誕生致しました。

記念すべき第一回は、茅ヶ崎西校(旧萩園校)出身の近岡結さんにインタビューをお願いさせていただきました。近岡さんは栄進ゼミに通い、高校、専門学校を経て、現在、茅ヶ崎市内の介護老人保健施設で作業療法士として活躍されております。
さて、どんなお話を聞くことが出来るでしょうか。

― 近岡さんは現在作業療法士として活躍されていますが、作業療法士という仕事を知らない人も多いと思うので、簡単に説明してもらえますか。

作業療法士という仕事は、ケガや病気になった人のリハビリをし、元の生活に戻れるようにサポートすることが主な仕事になります。また、身体機能のリハビリはもちろんのこと、心の部分のサポートも行います。患者さんと接する機会も大変多く、リハビリに関する知識はもとより、高いコミュニケーション能力も求められてきます。

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― リハビリというのは本当につらく、時間がかかるものだとよく聞きますが、そういった患者さんを相手に仕事をする、というのは本当に大変だと思いますが、やりがいもありそうですね。

そうですね。毎日毎日が、それまで自分が学生時代に勉強した教科書の内容のみでは対応できないことを、実践によって学んでいく、という感じで、大変なことが多いですが、自分の夢であった仕事だったので、本当に充実した日々を過ごさせてもらっています。


― 近岡さんは長い間栄進ゼミに通いながら、作業療法士を目指していた、と聞いていましたが、いつから栄進ゼミに通われたのですか。

小学校4年生の時から高校を卒業するまで通い続けました。元々は兄が先に栄進に通っていて、よく栄進の話を聞いているうちに自分も通いたくなったのがきっかけでした。

― 当時の栄進ゼミの様子はどうでしたか。

私は尾坂先生(現栄進グループ塾長)、安藤先生(現栄進ゼミ茅ヶ崎西校教室長)によく教わっていたのですが、先生と生徒の距離が近く、質問がしやすいアットホームな雰囲気でした。それは今こうして時が過ぎて、再びこのような形で栄進にきても、同じ雰囲気をすごく感じており、あの頃と変わっていないなぁ、と懐かく思ってます。

― 我々講師陣がよく使う言葉である、栄進スピリッツというヤツですね。ただ、近岡さん自身は栄進に通っている時期に非常に大変な状況に置かれていたらしいですね。

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ちょうど中学2年生の頃だったでしょうか。私は当時萩園中に通っていて、バレー部に所属しておりましたが、ある日、体の異常を感じ、精密検査をしてみたところ、大掛かりな手術が必要であることが判明し、長期入院を余儀なくされました。自分が作業療法士になってわかったことなのですが、実はこの時の病気は、命の危険性があったものでした。幸いその後の経過は順調で、高校時代はハンドボール部で選手としてプレーできるまで回復をしたのですが、今、思えば本当にこうして生きているのが不思議なくらいです。
でも、そのおかげでそれまで見えなかったものが、見えたような気がします。私の今の職業である作業療法士も、この病気のリハビリの時に知った職業です。そのリハビリの時に作業療法士の方々に支えてもらった経験が、心に焼き付いており、今度は自分が支える番だ、と決心しました。


― 一番つらかった時期に、自分の将来の道筋が見えてくる、ということもあるのですね。その後は作業療法士になるために、病気のハンデを負いながら必死で勉強をした結果、鶴嶺高校を経て、そして茅ヶ崎リハビリテーション専門学校に入学され、国家資格を取得し、現在に至ったわけですね。

私の場合、中学の段階で将来の目標が定まったので、とにかくその目標をかなえるにはどうしたらよいか、ということを考えていました。高校の同級生はほとんどが大学に進学しましたが、私は自分の目標のために、あえて専門学校という道を選びました。専門学校は年齢幅が大学以上にある中、同じ目標をもった学生が集まってきており、また将来の道も同じような仕事に就く仲間がほとんどでしたので、公私に渡って様々な相談が出来、本当に勉強になりました。

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― 最後になりますが、現在栄進ゼミに通っている後輩達や保護者のみなさんにアドバイスをいただけませんでしょうか。

今になって感じることは、広い視野で勉強しておくことが大切だな、ということです。どうしても目の前の成績や学校のレベルなどに目を奪われがちだと思いますが、今こうして作業療法士として働いていると、やはり社会に出てからが本当のスタートなのだな、と思います。そして、自分のやりたいことを早く見つけて、それを実現するために行動できている人は、どんな状態になっても自分を見失わずに生きていけるような気がします。
実際、私は病気をしたことで、それまで見えなかった部分が見えて、結果将来を切り拓けました。ぜひ広い視野で世の中を見てほしいと思います。また、今こうして五体満足で生きている、ということがどれだけ幸せなことか、というのも心の片隅にいれておいて下さい。そしてたくさんの人の支えがあることを知って下さい。そうすれば、簡単にくじけられない、と思えるようになってきますよ。ぜひ栄進の先生の指導の下、頑張って夢をかなえる準備をして下さい!



インタビュー後記

栄進に通っている頃から、本当に明るくておしゃべり好きな近岡さんでしたが、今回このインタビューで、昔から近岡さんを知る安藤先生ですら、初めて知ったことが多く、大変内容の深い話をしてくれました。
また近岡さんは、もし、このインタビュー記事をきっかけに作業療法士やその他医療に関することに興味を持った生徒さんがいたら、出来る限りのことはお手伝いしたいから、その時には講師を通して声をかけてほしい、とおっしゃっておりました。
ぜひ、今後も栄進から近岡さんの後に続く、医療の道に進んで活躍する生徒を輩出していきたいと思った、今回のインタビューでした。近岡さん、お忙しい中お時間を割いて頂きありがとうございました。

さて、次回は鶴が台校出身で、現在は高級輸入車のディーラーで販売業をしていらっしゃる、根子愛理紗(ねごありさ)さんにインタビューさせていただきます。
近岡さんとはまた分野が違う道に進まれた根子さんは、果たしてどんな栄進ライフを過ごされてきたのでしょうか。
乞うご期待!!

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